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水戸地方裁判所 昭和48年(わ)24号 判決 1973年5月30日

被告人 佐藤功

昭一二・三・一〇生 製材工

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、父佐藤正一、母ハルの長男として生れ、中学校三年を長期欠席してそのまま学校をやめたのちは、両親のもとで農業を手伝うかたわら、日雇人夫等に従事し、昭和三八年ころより製材所の工員として自宅から通勤しているうち、昭和四七年九月心臓、肝臓等をわずらい、約一か月間病院に入院したことがあつてからはほとんど出勤しないで、徒遊していたため、「ろくに仕事にも行かないで、嫁のきてもない」などと愚痴をこぼす母との間にしばしばいさかいをおこしていたものであるが、昭和四八年一月六日午後二時ころ、肩書住居地の自宅において、昼寝から起き出た際、同所板の間の流し台で、すでに飲酒して酔つていた母ハル(当時五七年)が米をとぎながら、またも前同様の愚痴をこぼしはじめたので、これを避けて外出し、同日午後三時すぎころ帰宅したが、酔のさめぬ母からなおも同様の愚痴をこぼされ、ついには、「お前は、いつも家にばつかりいて寝ているから、嫁のきてがない」、「三十にもなつて、嫁をもらえないではないか」などと叱責されたことなどから母と口論になり、これに憤激の余り、母を殴りつけて痛い目にあわせてやろうと決意し、同日午後三時半ころ、右流し台付近にいた母につめ寄り、その気配におそれて土間近くの板の間「こたつ」の南側まで逃げ出した母の前に立ちふさがり、平手で母の左右顔面を力いつぱい約二回殴打して、母を板の間から約五〇センチメートル下の、かなりの石が露出している土間に転落、転倒させて、そのため母の頭部を右土間に強打させたのち、はだしで土間に飛びおり、その場に倒れていた母の胸倉をつかんで上半身を引き起し、右手拳で母の顔面を三、四回強く殴打し、さらに、「もっとなぐれ、もっとなぐれ」と怒鳴りちらす母の胸倉を再びつかんで上半身をひきおこし、右手拳で母の顔面辺りを三回位殴打し、仰向けに倒れた母の脇腹を手拳で力まかせに五、六回突くように殴打するなどの暴行を加え、これらの暴行により、母に対し、頭部打撲、硬脳膜下血腫、左腎破裂、後腹膜血腫、肋骨骨折等の傷害を負わせ、よつて、同日午後七時二五分ころ右自宅において、右硬脳膜下血腫による脳圧迫により母を死亡させるにいたつたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件につき適用すべきものとされている刑法第二〇五条第二項の尊属傷害致死罪の規定は、憲法第一四条第一項の法の下の平等の原則に抵触する違憲無効のものである旨主張する。

しかしながら、憲法第一四条第一項の法の下の平等の原則は、不合理な差別待遇を禁ずる趣旨のものであつて、絶対的平等を意味するものではないところ、刑法第二〇五条第二項が自己または配偶者の直系尊属を身体傷害により死亡させた場合には、その法定刑が、単なる傷害致死の場合の二年以上の有期懲役刑に比し、無期または三年以上の懲役刑をもつて処断するとし、その刑を加重しているのは、子らの親など尊属に対する敬愛報恩等人類普偏の道徳原理を重視するものであつて、かかる観点からすれば、右のごとき程度の刑の差別をもつてただちに合理的な根拠を欠く不合理な差別ということはできないから、同条項をもつてただちに憲法第一四条第一項の法の下の平等の原則に反するものということはできない。この理は、昭和二五年一〇月一一日に言渡された同条項は合憲である旨の最高裁判所大法廷判決(最高裁判所判例集第四巻第一〇号二、〇三七頁参照)以来、立法政策上の問題は別として、当裁判所もこれに賛して来たところであつて、弁護人指摘の最高裁判所大法廷の言渡した尊属殺人に関する判決は、本件と事案を異にし、適切でなく、また、刑法改正に関する所論指摘の事由は、傾聴に価するとしても、現行刑法第二〇五条第二項が違憲かどうかの点については論点を異にし、採用することができない。したがつて、弁護人の主張は、理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示尊属傷害致死の所為は、刑法第二〇五条第二項に該当するので、所定刑中有期懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で、被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して、未決勾留日数中九〇日を右刑に算入することとする。

(量刑の理由)

被告人は、病弱であつたとはいえ、ほとんど仕事につかず、昼寝などでいたずらに日を過ごし、あげくのはて、その怠惰な生活を憂慮した母親の愚痴が酒に酔つて多少くどく、それに激昂したにしても、判示暴行は、執拗にして強力であり、しかもそれがいつくしみ育てられた母親に対するものである点において、犯情は悪質であり、被告人の罪責は軽視することを許されない。被告人が本件犯行後深く反省、後悔し、自首していること、罰金刑のほか前科もないことなど被告人に有利な諸般の事情をも十分考慮したうえ、主文の刑に処することとする。

よつて、主文のとおり判決する。

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